人と街と自然と共に【円く】生きる|大福茶屋さわた 店主 高柳紀子|『週刊フードラボ』#54

今回のゲストは、大福茶屋さわた店主の高柳紀子(たかやなぎ・のりこ)さん。地元で愛される「聖天様(しょうでんさま)」の向かいに構えた店舗には丁寧に作られた甘味が並ぶ。そんな人気店を切り盛りする高柳さんにも会社の苦しい時期を家族と共に乗り越えてきた過去があった。今の仕事を通して苦労も幸せも経験したからこそ、あらゆるご縁を大切にしている。穏やかで真摯な語りには高柳さんの仕事に対する姿勢が映しだされていた。

目次

家族と支えあいお菓子を売り続けた日々

現在大福茶屋さわたの店主を務める高柳さん。彼女は現在の仕事からは縁遠い経験を持つ。短大を卒業し幼稚園の先生として3年間勤務。しかし「妻沼を飛び出してみたい!」という想いからワーキングホリデーでニュージーランドに渡った。帰国後には埼玉県庁に勤めていたこともあるという。

そんなキャリアを経て行き着いたのは、家族が営む沢田本店での仕事。当時、会社の経営状況が厳しいことを目の当たりにしていたこともあり、兄弟の中でも一番初めに家業を手伝うこととなった。見よう見まねでお菓子を作りながら、営業に向かう日々。大洗の海の家、若者の聖地原宿など訪ねた場所は県内にとどまらない。

「車一つにお菓子を積んで、いろんなところに販売していたのが今に繋がっている。」大変であったはずの思い出さえも愛おしそうに、高柳さんは振り返る。

「すごく愛着が湧いた」古民家を新たな茶屋に

会社の苦しい時期を乗り越え、沢田本店の店舗も変化の時を迎えることとなる。妻沼の人々の心の拠り所である聖天堂の「平成の大修理」を機に、参拝帰りにお茶ができるお店を作ることとなった。

縁あって紹介された建物は古民家。古い建物に対する良いイメージはあまりなかった当時、高柳さんも不安を抱いていた。しかしその不安は建物に入った瞬間に拭われたのだと言う。「初めて入った時にすごく愛着が湧いたんです。」と当時を振り返った。大工さんに「これは丁寧に作られた建物だよ。」と伝えられたこともあり、ほとんど改装をせずに今のお店の形が出来上がった。

春の大祭に合わせて迎えた大福茶屋の開店日。「皆さんが本当に喜んでくれた。」と高柳さんは幸せそうに懐かしんだ。

人と人が交差する「手づくり市」のスタート

多くの人に歓迎されてスタートを切った大福茶屋。ところが、聖天堂の修理完了が予定より延びたことで店周りになかなか人通りが生まれない日々が続いた。

どうしたらいいか頭をひねり、過去にさわたの他店舗でも行っていたギャラリーをやってみることに。好きなことにそれぞれの形で没頭する出展者との会話を重ねるうち、高柳さんに新たなアイデアが浮かんだ。好きなことを持つ人たちが集まり、繋がるイベント「手づくり市」だ。

初回は親戚や友人を集めて大福茶屋で開催。いつも静かだった店内は人々が交わり出会う場所となっていた。

「人と人が自然と交差する感じが好き。」という高柳さん。その後は聖天堂の境内など屋外の場所も使いながら開催数を重ね、現在の手づくり市に繋がっている。

「自然と会話する」季節感のあるお店づくり

大福茶屋が愛される所以はその空間に溢れる季節感にもあるだろう。

「工場で作ったものというより『人がつくる自然に近いもの』がモットー。」と高柳さんは語る。梅もぎを終えれば店先で梅干し作りが始まる。秋になれば栗の皮むきも店先でやっている。すると「今度は何作るの?」とお客様が声をかけてくれるのだという。時には道ゆく人に作り方を教えてもらうこともあるそうだ。

作る過程を見せることで街の人々と共によりおいしいものをつくり、楽しむ。そんなコミュニケーションを高柳さんは「お客様との会話や自然との会話」と表現する。「五感を使う店にできたら。」その一言にはお店作りへのこだわりが光っている。

人々の帰る場所となる茶屋を

高柳さんは現在の仕事を経て得た人とのつながりを大切に【円く(まろく)】ありたいのだと言う。和やかに穏やかに繋がっていくことを意味するこの言葉。人、場所、建物、街…。たくさんのご縁があったからこそ今の大福茶屋がある。「旅人や街の皆さんの帰る場所となる茶屋をやっていきたい。」高柳さんの言葉にはあらゆる物事に対する感謝の念が滲んでいた。

茶屋の周りに溢れる高柳さんの温かな想いが、街行く人々を惹きつけ結び付けている。

※本文は、2020年11月23日の放送内容をもとに編集したものです。掲載情報は放送日当時のものです。ご注意ください。

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